この世界、キラキラ。

自我が芽生えると共に薔薇

セクボは夢だった

セクボは私の青春でありファンたちの青春でもあり、何より、本人たちの青春だったとのではと今になって思う。







(壁打ちです。キンプリファンは読まない方がいい)




セクボ、というのはjrのいちグループで正式には SexyBoyz と表記され(SexyBoysは別括り)2012年頃に発足された。


当時、デビューしたばかりのSexyZoneのバックには同世代の中学生ぐらいのjrたちがわんさかとついていた。
その子たちはセクゾのバックの略語で セクバ と呼ばれていたのだが、そこから数人が選出されてセクボが出来た。


結論、セクボという名のグループの歩みは波乱万丈だった。



セクボ という括りが出来たのはいいものの、今のjr界とは大違いの括りであり流動性があった。
学業に専念するといい退所したメンバーに代わってすぐに新しいメンバーが加入する。
少しでも事務所から推されなくなると違うメンバーがやってくる。

代わりはいくらでもいると言わんばかりの風潮はあった。



中高生のjrたちの最前線、それがセクボだった。









ここからは人による認識の違う話をするから一概に信じないでほしい。

初代セクボは神宮寺くんと羽生田くんと嶺亜くんと倉本くんだったと思う。

1年ちょっとぐらいはそのメンバーで固定されて、むしろセクボという正式なグループが成立していたのはこの頃だけだと思う。


(補足して、セクボの事務所からのプッシュには劣るが第2のグループとして存在していたC3というグループもあった。これは流動性なし。
非公式であるがほぼグループと言って良いと思う。メンバーは岩橋くんと岸くんと颯くんで3人の苗字からC3と呼ばれていた。)


倉本くんが中学生になって事務所を辞めてからがセクボ迷走期だ。
めちゃくちゃ人が入れ替わる。あ、やっとメンバー固まったと思いきやすぐ新しい奴がやってくる。
ほぼ連盟みたいなものだから関西のjrが名を連ねていたこともある。もちろん永瀬くんや平野くんもだ。


それが2013年。



セクボの概念がよく分からなくなった頃、ヲタクは気がついた。


セクボには絶対に神宮寺がいる。


本当にすごいと思う。
あれだけ事務所の勝手でぐるぐるとメンバーを入れ替わるのに、神宮寺だけは初代から1度も抜けていない。まじですごいことだから!AKBでデビューからずっとセンター取ってるようなものだ。(大げさ)



そんなセクボにもやっと安定期がやってきた。

それが クリエセクボ と呼ばれる岸くん岩橋くん神宮寺くん顕嵐くん宮近くんの5人だ。
春のクリエというjrだけのコンサートをこの5人で行ったのが始まりだ。
このコンサートが始まる前は顕嵐くんは加入していなかったが彼が加入した途端に、突然久しぶりにセクボがグループとして成立したようだった。

セクボ、というとメンバーは不確かだが初代セクボとクリエセクボだけはメンバーが決まっているので当時を知る方は通じると思います。

クリエセクボというのは正式な名称ではなくあくまでその過去の流動性と差別化し、分かりやすくするためにファンの間で呼んでいたものです。


ちなみに、2014年春にこの括りで出来たのだが、宮近くんと顕嵐くんはTravisJapanという今でもあるグループに所属していた。

セクゾデビューからそのトラジャで出来る前のほんの少しの期間はその2人もセクバとして活動していたのでセクボになることは格別おかしいことではなかった。本人たちはプライベートで仲が良いようだったし、なにより あらちか という最高峰のシンメがやってきたのは大きかった。(じぐいわに次ぐ知名度があったのでは...?)

そうすると彼らはグループを掛け持ち状態になるわけで、勿論反対の声は上がっていた。トラジャファンからだ。

トラジャは公式。クリエセクボは一時的なもの。

ヒエラルキー的にはトラジャファンより圧倒的にクリエセクボファンは劣っていて、この5人最高!絶対今回だけは解散すんなよ!!このままデビューしろ!!とは大きな声では言えなかった。非公式のくせに。恐れ多すぎ。

セクボは公式だけど実質非公式なものだった。使い古された名前をただ使っているだけで中身は殆ど残っていないのだから。

しかし。

そんなクリエセクボにはびっくりするぐらいにたくさんのファンが出来た。

のちにセクボ亡霊と呼ばれる、解体後もいつまでも5人に固執したファンを皮肉に表した言葉が出来るぐらいには。


理由として、5人のバランスや仲の良さがその亡霊を生み出した原因だった。


キャラクターはみんな違うし、プライベートから仲が良かったせいで載る雑誌には毎回ふざけたものばかり。
社会人1年目の岸くん以外は全員高校生で、でも岸くんは無邪気だからほぼ高校生で、男子校の仲良しグループがアイドルやっちゃった、みたいなテンションだった。

それだけで亡霊になるかと言われればそうじゃない。

1番は ポポロ にある。

皆さまご存知の、過激で性癖丸出し企画を時たまぶつけてくる、アイドル誌 ポポロ。


なんとあろうことか、他のアイドル誌ではクリエセクボは一時的なコンサート用のグループとして扱われ、1度として一切5人の括りで掲載されたことなかったのにポポロは

1年間

も5人で扱って頂いた。

美容師ごっこしたりリーマンごっこしたり、結婚やったり神宮寺が愛犬を連れてきたり舞台に出突っ張りだった岸くんを癒そう!という名目で岸くんがめちゃくちゃにされたりとずっと企画がぶっ飛んでいた。

驚くことに、乗馬クラブに行ったり富士急ハイランドナガシマスパーランドマザー牧場、とたくさんロケに出して頂いた。
5人もいっっつも楽しそうに笑っている写真ばかり雑誌には載っていた。5人が大好きだった。

後半は毎月メンバー1人ずつ主役にした企画をやっていた。まじ最高。



しかし、そんなことが続くわけがなく、キンプリの前身グループが出来た。


そこには神宮寺くんと岩橋くんと岸くんの姿があった。



2015年春のことだった。





クリエセクボが出来た1年前の春から続いた夢が次の春を迎えることなく断絶された。




率直に、ああ、終わったと思った。




セクボは終わった。



夢を見すぎていた。



5人は本気で5人でデビュー出来るとか思ってしまったていた。





流石にポポロも5人の連載をやめるだろうと完全お通夜空気がセクボファンに流れていたのに、ポポロは飄々と5人での連載を続けた。


普通に泣いた。

そうだそうだ、あっちは非公式だ。ヒエラルキーは同じだ。開き直ったファンたちは少しおかしかった。

そこから毎月ポポロの次号発表にドキドキして、ポポロの連載がなくなれば本当にセクボは終わる。そんな心持ちで過ごしていた。



2015年6月5日。

キンプリ前身グループがキンプリというしっかりとした公式グループになった。期間限定の。


一度開き直っていたファンたちは卑屈になっていて、キンプリファンには本当に酷いこというが結成期間さえ終われば5人に戻る。大丈夫大丈夫。



そんな誤魔化しが続くわけもなく、薄々想定していた、キンプリのグループ存続決定。


そこで、もう本当にセクボは終わったのだ。


2015年の夏、絶望の淵にいたセクボファンたち。キンプリに乗り移るか、いっそ担当を降りるのか。

私は降りた。その降りたきっかけもしっかりある。


それはキンプリ存続決定から数日後、まさか、街中で5人の姿を見たという遭遇情報が流れた。

そこからまじでやばい話だから聞いて。キンプリ関係ないけど聞いて。


その日は顕嵐くんの誕生日で、誰かが誕生日だと絶対5人集まって誕生日会をする彼らのことだからああまた誕生日会したんだなと思っていた。

数時間後、5人の品川駅での遭遇情報が流れる。

お?

どこか行くのか?

また数時間後、大阪で遭遇情報


は!?大阪行ったの!?とファンたち大混乱。

また数時間後、USJでの遭遇情報。しかも写真付き。


USJかよ!!!!!!

なにやら撮影らしく、スタッフさんたちに囲まれながらも5人は楽しんでいる様子だった。

撮影...雑誌?ということはポポロしかなくない???



ポポロに大感謝だった。

次号はメンバー主役企画の最後の番の岩橋くん。きっとポポロはその企画が終わると同時に5人での連載を終えるつもりだったのだ。



最後、だから。



USJまで連れて行ってくれたんだ。




わぁっと泣いてしまった。ポポロさんの粋な計らいとセクボの終わりを目撃して。







やっぱり、USJの遭遇情報はポポロのもので、それが連載最後だった。




クリエセクボは終わった。



同時に2度と、SexyBoyzという名のグループは登場することなかった。


しばらくはキンプリに嫌悪を抱いてどうしようもなかった。キンプリがデビューなんかしたらどうしようとか。







だから、降りた。クリエセクボ結成から応援していた岸くんが新しい場所で輝く姿を見ていられなくて降りた。








本当に楽しい幸せな夢だった。

1年間という短い期間ではあったが本当に本当に楽しかった。

5人が出会ってくれてありがとう。






















だから、絶対に売れてよ。


じゃないと納得しないから。












キンプリデビューおめでとう。